トランスミッション
Sep 16, 2024瞑想の勉強や実践をある程度まで進めていくと、「トランスミッション」という言葉を耳にするようになります。何やら怪しい言葉のように聞こえるかもしれませんが、この言葉は私が実践しているチベタン・ブッディズムの伝統に限らず、ヨガやその他の様々な瞑想の伝統の中でも使われ、瞑想を実践するためにはとても一般的で、しかも重要な意味を持つものです。今回は、この「トランスミッション」について少し紹介してみようと思います。
そもそもトランスミッションとは?
トランスミッションは、日本語に直訳すれば「伝授」です。要するに自分が学んでいる瞑想の理論や技法を、先生から生徒に正しく伝達することを指します。こうしたことは瞑想に限らず、武道や茶道、華道、書道といった伝統的芸道にも呼び方こそ違っても同じようなものがあるでしょう。
一例ではありますが、私たちの伝統においては、トランスミッションにも目的や方法によっていくつか種類があります。以下の3つのタイプがその代表的なものです。
エンパワーメント(Empowerment)
日本語では「灌頂」と呼ばれ、チベット語では「ワン」と呼ばれます。これは特定の瞑想のプラクティス(実践)を始める許可を受け、そのための身体的・精神的な感覚(または力)も受けるためのものです。ワンは通常、大規模な儀式として単独で行われることが多く、その実践に入るための正式な開始点とされます。
リーディング・トランスミッション(Reading Transmission)
日本語にすれば「経耳伝授」、チベット語では「ルン」と呼ばれます。特定の瞑想のプラクティスが書かれたテキストを実践する許可を与えるものです。テキストの言葉そのものが伝授されるプロセスで、先生がテキストを正確に読み上げ、それをきちんと聞くことで、そのテキストの本質を生徒に伝えます。ルンは、特定の実践や教えを学ぶ際に、ワンとともに行われることもありますが、別個に行われることが一般的です。
ポイントアウト・インストラクション(Pointing-out instructions)
ポイントアウトは、うまく翻訳できる日本語がないのですが、直訳すれば「指示的な教え」です。チベット語では「トゥク」と言います。これは特に瞑想の実践において、先生が生徒に心の本質を直接指し示す特別な方法です。通常、深い瞑想実践の段階で行われ、特定の指導を通じて生徒に実践の核心を伝えるためのものです。トゥクは、ワンやルンと同時に行われることもありますが、後に個別で与えられることが多いです。
トランスミッションの手順
私たちは瞑想の実践が進むにつれて、特定のプラクティス(練習方法)やテキストを、それをマスターした先生たちから上記の方法で適宜トランスミッションを受けていきます。
一例ですが、私が以前ヴァジラヤナ(タントラ)のプラクティスを正式に許可されるまでには、まずヌンドロと呼ばれる予備訓練を行うために、最初にポイントアウト・インストラクションを受け、その練習の過程で必要なテキストを学ぶために、随時リーディング・トランスミッションがあり、その上で最後にエンパワーメントを受ける手順をとる必要がありました。ちなみに、私の場合、この過程は約5年ほどかかりました。
またその後も、「ヴァジラ・ヨギーニ」や「サダナ・マハームードラ」のような特定のプラクティスなどを始める時には、その都度トランスミッションを受けてきましたが、こうした特別なプラクティスのトランスミッションは、非常に機会が限られ、何年かに一度しか行われないようなものもあります。そうした場合は、ワン、ルン、トゥクを同時に行うこともあります。
それ以外にも「レフュージ・ヴァウ」や「ボーディサットヴァ・ヴァウ」のような、瞑想を実践するための精神的な基盤を提供するためのトランスミッションや、「ルンタ」のトランスミッションのように特定のプラクティスのポイントを伝えるようなトランスミッションは、割と頻繁に行われ、1−2時間で終了するようなシンプルなものもあります。
このように、トランスミッションは種類も多様で進め方もなかなか複雑ですが、ある程度瞑想の実践が進んで、あるレベル以上技術を磨くためには必要不可欠なものとされています。
トランスミッションは、「おばあちゃんのレシピ」
トランスミッションは、おばあちゃんから伝統的料理を受け継ぐようなもので、おばあちゃんに伝統的な秘伝のレシピを開示してもらうのが「ルン」で、実際にそれを一緒に作ってみて「コツ」を教えてもらうのが「トゥク」、さらに最後に出来上がった料理を一口味見をさせてもらうのが「ワン」です。味噌ラーメンを味見して、その後自分でその料理を作ったら、突然クラムチャウダーが出来上がることがないように、この「味見」によって、私たちの練習も的外れな実践にならないのです。
伝統の灯火を受け継ぐ
瞑想の実践は、混乱した心によって不明瞭で暗くなりがちな私たちの人生を明るく照らし、健全かつ適切に進むための「ランタン」を手に入れるようなものです。そしてトランスミッションは、そのランタンに火を灯す作業とも言えるでしょう。
そのランタンを使うには、まず組み立てるためにその構造を理解する必要があります。これが瞑想の理論を「学ぶ」ことです。そして構造を理解したら、実際に組み立てなければなりません。この具体的な作業が瞑想の「練習」です。また、組み立てる途中で、構造的な齟齬がないように、同じように周囲で組み立て作業をしている人のランタンを「参考」にします。それが「サンガ」と呼ばれる練習仲間の役割です。もし取っ手を逆さまにつけていたら、適切に修正するのです。
そして最後に、その出来上がったランタンに灯火を灯すのが「トランスミッション」です。すでにランタンを使いこなしている先輩先生から、その灯火を分けてもらうのです。この灯火によって、私たちの瞑想実践が日々の生活を照らし、人生の役に立つようになるのです。
トランスミッションは、瞑想の練習と学習を結びつけ、人生に役立つように機能させるための、最も重要な点灯式なのです。しかもその点火に使う灯火は、2600年にわたる長い時間の中で、数えきれないほどの先輩先生たち、実践者たちの瞑想経験と、磨かれ続けた知恵が含まれたとても特別な灯火なのです。トランスミッションは、先人たちの知恵を受け継ぐという極めて重要な側面もあるのです。
私たちが瞑想の練習や勉強を通して、立派で豪華なランタンを手に入れたとしても、この伝統の灯火がなければ、暗がりを照らすことができず、日々の生活に役に立ちません。トランスミッションがない瞑想実践は、まさに「仏像作って魂入れず」、「画竜点睛を欠く」ものになってしまうのです。これが瞑想実践者が指導者を必要とするとても大きな理由でもあるのです。