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2つのマインドフルネス

Jun 20, 2025

 近年、マインドフルネスは医療やビジネス分野で頻繁に取り上げられ、広く注目されています。特にジョン・カバットジンが1979年に開発した「MBSR(マインドフルネスストレス低減法)」は、医療現場や企業研修などで非常にポピュラーになりました。

 しかし、マインドフルネスが特に盛んなアメリカでは、それとほぼ同じ規模で仏教の実践をルーツに持つマインドフルネスが存在し、もう一つの重要な流れを形成しています。今回は、この二つのマインドフルネスの潮流について詳しく掘り下げてみます。

市場の“もう半分”を担う仏教ルーツのマインドフルネス

 アメリカのマインドフルネス市場は、現在約3,600万人の実践者を抱え、約24億ドル規模にまで成長しています。その構造を見ると、医療・ビジネス用途に特化した科学的アプローチ(MBSRなど)と、ヴィパッサナーや禅、チベット仏教にルーツを持つ仏教の実践をルーツに持つマインドフルネスが、並列する二つの柱となっていることがわかります。

 たとえば、国際的な認証団体 IMTA(International Mindfulness Teachers Association)が認定するマインドフルネス教師養成プログラムの多くは、Insight、禅、Engaged Buddhismなど、仏教的実践に由来する流れを明示しています。

 指導者育成の面では、医療モデルを代表するMBSRの認定インストラクターが約1,000名であるのに対し、Tara Brach & Jack Kornfield によるMMTCP(Mindfulness Meditation Teacher Certification Program)では、世界70か国に7,000名以上の認定教師を輩出しています。また、私たちDharma Moonでも、この3年間で1,500名を超える受講者がプログラムを修了しました。

 さらに、大規模な瞑想センターの実績も、この流れの影響力を裏付けるものです。カリフォルニアのSpirit Rock Meditation Centerでは年間約4万人を受け入れ、Insight Meditation Society(IMS)では年間30本以上の本格的なリトリートが開催されています。こうした施設はいずれも、単発的なストレス対策ではなく、長期的な継続実践を支えるための教育体制や環境を整えています。

 これらの実績や規模から見ても、仏教の実践をルーツに持つマインドフルネスは、医科学系のアプローチと拮抗する形で、米国マインドフルネス市場の“もう半分”を担っていると考えられます。
「マインドフルネス=医療モデルが主流」という認識は、少なくともアメリカにおいてはすでに現実と乖離しています。これは、日本市場が医療・科学系に偏りがちな傾向とは対照的です。

医科学系と仏教ルーツのマインドフルネスの違い

 マインドフルネスという言葉は一つでも、その背景や目的、方法論には明確な違いがあります。特にアメリカでは、医療・科学モデルと仏教の実践をルーツに持つモデルが、それぞれ独自の方向で発展してきました。


医科学系マインドフルネス:効果測定可能な実践

 医科学系マインドフルネスは、ストレス軽減や集中力向上、睡眠の質の改善など、明確な問題解決と成果の可視化を目的として設計された手法です。

 代表例であるMBSR(マインドフルネスストレス低減法)は、宗教的要素を排除し、誰もが取り組める中立的な言語と構造で提供されています。プログラムは約8週間で構成され、瞑想・ボディスキャン・軽度のヨガなどが段階的に導入されます。

 このモデルの利点は、科学的効果が実証されやすく、医療機関や企業での導入が容易であることです。受講者も「パフォーマンス向上」「ストレス管理」など、課題解決志向の強い人々が中心となっています。一方で、「継続的な自己変容」や「人生の在り方を問う実践」としての深みは、必ずしも重視されていません。


仏教ルーツのマインドフルネス:内面の変容と持続性

 一方、仏教の実践をルーツに持つマインドフルネスは、単なる一時的な効果にとどまらず、倫理・慈悲・無常・執着の理解といった深い内省を通じて、人生全体にわたる変容(transformation)を目指す実践です。

 この実践では、リトリートやサンガ(共同体)といった環境が整っており、生き方としてのマインドフルネスを支える文化があります。瞑想を通して自己の反応パターンに気づき、そこからの自由を得るというプロセスは、必ずしも短期間で完了するものではなく、むしろ長期的な実践を前提としています。

 また、効果や成果よりも、「プロセスそのもの」「態度のあり方」「自己の見方の変容」に重きが置かれており、実践者は徐々に他者や世界との関係性にも変化を感じるようになります。

両者の違いをまとめると…

◾️医科学モデル 


  • 目的:ストレス軽減・集中力向上

  • アプローチ:宗教性を排除し、科学的根拠を重視

  • 実施期間:短期集中(例:8週間)

  • 実践環境:個人ベース、医療・企業環境

  • 動機:パフォーマンス向上、ストレス対処

◾️仏教ルーツモデル


  • 目的:内面変容・慈悲・自己理解

  • アプローチ:内省・倫理・世界観に踏み込む

  • 実施期間:長期的、継続実践が前提

  • 実践環境:サンガ(共同体)、リトリート、日常生活

  • 動機:生き方を見直す、人生全体を調える

 

 こうした違いは、どちらが優れているということではありません。むしろ、それぞれが異なるニーズや人生段階に応じて選ばれているのです。短期的な課題解決を求めるなら医科学モデル、長期的な実践と変容を志向するなら仏教ルーツのアプローチが適しています。

 近年では、医療や教育の現場で仏教的実践の深みに価値を見出す専門家も増えています。継続的に深めていきたいと考える企業リーダーや心理療法士が、仏教ルーツの実践を選ぶ傾向が強まっているのは、そうした流れの一端と言えるでしょう。

 

現代をリードする指導者たち

 欧米では、仏教の実践をルーツに持つマインドフルネスを現代社会に根づかせるべく、実践・教育・著述・コミュニティ運営など多方面で活躍する指導者たちが存在します。彼らは、伝統を守るだけでなく、現代人がアクセスしやすい形に翻訳し、マインドフルネスの深さと実用性を両立させてきました。

 

ジャック・コーンフィールド(Jack Kornfield)

 元テーラワーダの僧侶として出家後、心理学博士号を取得。仏教的知恵と西洋の心理学を統合する活動を続けてきた第一人者。カリフォルニア州のSpirit Rock Meditation Centerを設立し、年間4万人を超える参加者を受け入れる大規模な実践の拠点を築いています。代表作『A Path with Heart』は、単なるスピリチュアル指南書ではなく、「心の成熟」をめぐる深い探求書として、セラピストや教育者にも読み継がれています。特徴は、温かさとユーモア、そして「仏教的成長と心理的癒しは矛盾しない」という統合的視点です。

タラ・ブラッチ(Tara Brach)

 臨床心理士としての経験を活かし、Insight Meditationとコンパッション実践を融合した教育体系を構築。ポッドキャストはAppleやSpotifyで月間300万再生を超え、著書『Radical Acceptance』はフォーチュン500企業のリーダー研修にも取り入れられています。MMTCP(Mindfulness Meditation Teacher Certification Program)共同創設者として、世界70カ国以上に教師を輩出。実践者の育成と支援の両立を実現している実務家です。

シャロン・ザルツバーグ(Sharon Salzberg)

 Insight Meditation Society(IMS)の共同設立者で、米国にヴィパッサナー瞑想を体系的に紹介したパイオニア。著書『Lovingkindness』は、メッタ(慈愛)の実践を西洋社会に定着させた決定的な一冊とされ、世界中で40万部以上を販売。心理学・教育現場でも読まれています。彼女の教えは、怒り・トラウマ・孤独といった人間の痛みに優しく寄り添いながら、そこに尊厳と慈しみを見出すことを導いています。TED Talksにも登壇し、YouTubeで数百万回視聴されています。



ロバート・サーマン(Robert Thurman)

 ダライ・ラマ14世の親友であり、米国初のチベット仏教僧侶。コロンビア大学宗教学部で長年教鞭をとり、Tibet House US を創設。チベット仏教の保存と啓発を続ける文化活動家でもあります。知的で情熱的な語り口はアカデミック層から一般層まで幅広く支持され、「Buddha is not a god. He is a teacher of reality.」という立場を貫き、仏教を思考と訓練の体系として紹介しています。

 

ペマ・チョドロン(Pema Chödrön)

 チベット仏教の西洋人女性尼僧第一号として、スピリチュアルな苦しみと真摯に向き合う指導を展開。
著書『When Things Fall Apart』は世界150万部以上のベストセラーとなり、人生の不確かさを受け入れるための「現代の古典」とも称されています。特に女性実践者や、苦しみの中にある人々への励ましとして、その存在は計り知れません。静けさと鋭さを併せ持つ語り口が多くの人に深い安心を与えています。


スーザン・パイヴァー(Susan Piver)

Shambhala系の実践者としての訓練を受けながら、恋愛・人間関係・心の痛みにフォーカスした著作と指導を展開。Open Heart Projectでは10万人以上がオンラインで瞑想を学んでおり、世界最大規模のオンライン瞑想コミュニティのひとつです。著書『The Wisdom of a Broken Heart』は「喪失の中にある智慧と優しさ」をテーマとし、特に若い世代の実践者から高い支持を得ています。

 

1970~90年代に礎を築いた先駆者たち

 現在、アメリカにおけるマインドフルネス文化が「医療モデル」だけではなく、仏教的実践に根ざしたもう一つの流れを形成しているのは、1970年代から1990年代にかけて活動した先駆者たちの功績によるものです。彼らは単に東洋の瞑想技法を紹介するだけではなく、それを欧米の文化・心理・教育・医療といった分野に実用的かつ継続可能な形で統合していきました。

 

チョギャム・トゥルンパ(Chögyam Trungpa)

 チベット仏教ニンマ派およびカギュ派の正式な継承者でありながら、西洋社会に適応した革新的な指導を展開した人物です。1974年、コロラド州ボルダーにNaropa Institute(現Naropa University)を創設し、仏教の瞑想を西洋芸術・心理学と統合した正式な大学カリキュラムを構築。TIME誌等の記事では「mindfulness movement の初期拠点の一つ」と紹介されました。

 また、1978年には精神科医エドワード・ポドヴォルとの共同でContemplative Psychotherapy Department(内観心理療法科)を設立し、仏教の瞑想と心理療法を融合した革新的なアプローチを実現。MBCTやACTなどの現代的セラピーにも先駆的影響を与えたと評価されています。

 トゥルンパはまた、リーダーシップ教育やアート、都市型瞑想センターの創設などを通して、瞑想を日常と結びつける新たな道を切り開きました。その思想と実践は、ShambhalaやDharma Oceanなど多くの系譜に受け継がれています。Dharma Moonもそのうちのひとつと言えるでしょう。

 

ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh)

 ベトナム出身の禅僧であり、詩人、平和活動家としても国際的に知られるティク・ナット・ハンは、マインドフルネスを「日常の行為すべてにおいて気づきをもって生きる姿勢」として提示しました。1967年にはマーティン・ルーサー・キングJrによりノーベル平和賞候補に推薦されるなど、その活動は仏教にとどまらず、人権・非暴力運動に大きな影響を与えました。

 彼の提唱する「Engaged Buddhism(行動する仏教)」は、「歩く・話す・食べる・掃除する」など日常のあらゆる動作をマインドフルに行うことの意義を示し、欧米でのマインドフルネス実践の“生活化”に多大な影響を与えました。

 フランスのプラムヴィレッジを拠点に、数万人規模の瞑想実践者が世界中から集い、リトリートや教師養成が行われています。特に教育者・若年層・家族向けマインドフルネスにおいて強い影響力を持っています。

 

鈴木俊隆(Shunryu Suzuki)

 日本の曹洞宗僧侶でありながら、1960年代にアメリカへ渡り、西洋に禅を根づかせた草分け的存在です。1962年にサンフランシスコ禅センター(SFZC)を設立し、アメリカ初の本格的な禅修行道場を築きました。

 1970年出版の『Zen Mind, Beginner’s Mind(禅マインド・ビギナーズマインド)』は、「初心の心」という概念を通じて、日常のあらゆる瞬間に気づきと開かれた態度を持つことの価値を説き、現在でも禅とマインドフルネスの古典として世界的に読み継がれています。

 彼の教えは、儀式よりも「坐る」ことそのものの意味を大切にし、シンプルでありながら深みのある実践哲学として、禅文化とマインドフルネス文化の橋渡しを果たしました。


ジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)

 禅の実践者でありながら、宗教的要素を意図的に排除し、マインドフルネスを医療・科学の文脈に組み込むことに成功した革新者です。1979年、マサチューセッツ大学医学部にて**MBSR(Mindfulness-Based Stress Reduction)**を開発し、マインドフルネスを治療・教育・企業トレーニングへと展開しました。

 彼の定義による「マインドフルネスとは、今この瞬間に、判断せずに、意図的に注意を向けること」というシンプルな言葉は、瞑想を科学的に理解・実践する上でのグローバルスタンダードとなっています。

 カバットジンの貢献によって、マインドフルネスは一部の精神世界の技法から脱却し、世界中の病院、学校、企業、政府機関に取り入れられる“社会的技術”として定着しました。

 

継承と革新の実践としてのマインドフルネス

 欧米における仏教の実践をルーツに持つマインドフルネスの広がりは、単なる個人の努力によるものではありません。そこには、1970年代から今日に至るまでの複数世代にわたる先見的な指導者たちの献身的な活動がありました。

 チョギャム・トゥルンパが、瞑想と心理学、芸術、教育を統合する大学教育を創設し、「内面と社会を結ぶ仏教実践」の基盤を築いたこと。ティク・ナット・ハンが、戦火の中で非暴力を貫きながら、「行動する仏教(Engaged Buddhism)」を通じて日常のすべてを瞑想の場に変える道を開いたこと。鈴木俊隆が、西洋に坐禅の本質を伝え、「今この瞬間にただ坐ること」の奥深さを静かに示したこと。ジョン・カバットジンが、宗教性を排した科学的アプローチでマインドフルネスを世界に広げ、万人に開かれた実践へと再構築したこと。こうした土台の上に、今日のマインドフルネス文化は築かれています。

 そして、その精神は現代の指導者たちにも受け継がれています。

 ジャック・コーンフィールドやタラ・ブラッチは、仏教的瞑想と心理療法を統合した実践を確立。シャロン・ザルツバーグやペマ・チョドロンは、困難な感情や痛みに優しく向き合う方法を多くの人に届けてきました。ロバート・サーマンは学問とスピリチュアリティの架け橋となり、スーザン・パイヴァーは日常生活と仏教哲学を結びつけ、今を生きる人々の心に寄り添うマインドフルネスの形を提案しています。

 彼らの共通点は、仏教という深い伝統の根に接しながらも、それを形式化・固定化することなく、現代社会の中で生きる人々の痛み・問い・希望に即した新しい実践として提示してきたことです。そして、個人の指導にとどまらず、教育体系、オンラインプラットフォーム、リトリートセンターなど、継続可能な実践コミュニティを育てる基盤作りにも力を注いできました。

 こうした多層的な努力の積み重ねによって、アメリカでは「仏教ルーツのマインドフルネス」が単なる一時的トレンドではなく、文化的実践の柱のひとつとして確立されています。深さと継続性を兼ね備えたこの実践は、今後も多くの人々にとって、人生に寄り添う智慧と支えとなり続けることでしょう。

 日本においても、この豊かな系譜に学びながら、「ただ今ここにいること」「心に触れること」「苦しみに丁寧に向き合うこと」というマインドフルネスの本質を、生活の中で育てていく時代が始まっています。
私たちが実践する一つひとつの気づきが、この流れの一部として、次の世代に伝わっていくのです。

 

実践の選択肢を広げるために

 「マインドフルネス」と聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、医療モデルに基づいたストレス軽減法や、ビジネスシーンでの集中力向上といった目的に沿った応用的な実践かもしれません。これは、MBSRの広範な普及や、マインドフルネスを紹介する書籍・研修が、主に医科学的な枠組みから語られてきたことと無関係ではありません。

 しかし、ここまで見てきたように、アメリカでは1970年代以降、仏教の実践をルーツに持つもう一つのマインドフルネスの流れが静かに、しかし確実に広がってきました。そこでは、瞑想は単なるリラクセーションや一時的なパフォーマンス改善の手段ではなく、人生のあり方そのものを問い直す行為として根づいています。

 この流れの中で育まれてきたマインドフルネスの特徴は、「継続すること」「内面の質に目を向けること」「他者との関係性を大切にすること」といった、深さと持続性に重きを置いた実践文化です。サンガ(仲間)とともに坐ること、リトリートで沈黙と共に過ごすこと、自分の感情や思考のパターンをじっくり観察していくこと。こうしたプロセスが、目に見える成果を超えて、実践者の生き方を支えてきました。

 また、こうした仏教ルーツのマインドフルネスは、現代に合わせてさまざまに展開されています。伝統的なリトリート形式から、オンラインでのコミュニティ瞑想、また心理療法や教育現場と連携したマインドフルネス教育まで、多様なかたちで人々の生活と結びついています。

 今、私たちに求められているのは、「どちらか一方を選ぶ」ことではありません。むしろ大切なのは、自分にとって必要な実践の方向性を見極め、その時々の目的や状況に応じて選び取れる柔軟性を持つことです。短期的にストレスを緩和したい時には医科学系の実践を。人生の問いにじっくり向き合いたい時には、仏教ルーツのマインドフルネスを。いまや選択肢は確実に広がっています。

 そして日本においても、マインドフルネスを「集中法」「仕事術」としてだけでなく、内面とつながる“生きる技法”として実践することのできる環境が少しずつ整いつつあります。私たちはその流れを受け継ぎ、日本語で、生活に根ざしたマインドフルネスを届ける橋渡しの役割を担いたいと考えています。

 実践とは、今ここから始めること。

 どの道を選ぶにせよ、マインドフルネスがあなたの人生に寄り添い、深めるものとなることを願っています。

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